英語雑感

なぜbe動詞と呼ばれるのか

am,are,isがなぜbe動詞と呼ばれるのでしょうか。古英語ではbe動詞の原形はbeonでした。このbeonに由来するbeであることからbe動詞と呼ばれるようになりました。過去形のwas,wereは古英語の原形ではwesanでした。これからwas,wereへと形が変化したようです。

 

schoolの語源は「余暇」

school「学校」の語源はギリシャ語で「余暇」を意味するscholeが語源です。

「人はゆとりがある時に物事を考えたり、論じたり、まなぶものである」ということから「余暇を費やす場」→「学校」と意味が派生し、ラテン語のscholaを経て古英語にscolとなったようです。

今日の大学は「就活」の場に化していますが、以前は「レジャーランド」とも呼ばれていましたが、語源の意味にぴったり合いそうですが、「物事を考えたり、論じたりする」ことが、日本の教育には一番欠けています。社会に出てからはなかなか余暇は取れませんから、学生時代に余暇を利用して知的訓練に学生たちには励んでほしいと願っております。

breakfast にはどんな意味がある 

breakfast は「朝食」という意味で、breakとfast と、この語を2つに分けることができます。

break は「壊す」、fastは「速い」ではなく「断食」という意味です。直訳すると「断食を壊す」になります。つまり3食の間で夕食と朝食の間が一番「食を断つ」時間が長い。この長い「断食」を壊すのが朝食になるわけです。イギリスのような高緯度にある国は、冬の季節は夜がとても長く、寒い。昔は電気もなかったから早めに夕食を取り、寝床に入ったことでしょう。ですから朝食が待ち遠しかったのかもしれません。

なぜ日本人は英語が苦手なのだろうか

私たち日本人は英語を聴いてもなかなか理解できにくく、このことが苦手意識を作り出しているようです。これは次のようなことが原因のようです。英語を音声分析器にかけると優先的に使われている周波数帯は主として2000ヘルツ以上で、日本語は英語の周波数帯が始まるところで終わってしまっている。つまり2000ヘルツ以上の周波数帯だけでなく、英語特有のリズム、アクセントも正確に聞き取れていないことになります。日本語は大体1500ヘルツあたりくらいまでと言われており、英語の周波数帯に合致していませんから、日本人には英語の聴き取りが苦手なわけです。

冠詞のthe

the とthat は同語源であるが、thatは聞き手にも見える物を指し、the は聞き手に見えない物も指す。theを使う場合は「どれを指しているかわかる場合」である。play the flute という具合に、楽器にtheがつくのはどの楽器であるかわかるからである。しかしオーケストラなどでフルートのパートである場合にはplay flute in an orchestra になる。一方 play tennis などのようにスポーツにthe がつかないのは、スポーツはルールに従ってやるもので、tennisという目に見える楽器を扱うのではないからと考えられている。文脈や常識などの知識で何を指しているかわかるという前提で使われる。話者は聞き手に対して「さしているものはわかるはずですよ」と合図しているのである。

会話で go to the church といえば互いに知っている教会へ通っていることになり、go to church は教会へ行く、つまりお祈りに行くことになる。

 

 

本来のyouは?

英語のyouはもともと複数形の代名詞で、主格ではなく、目的語であったのです。

古英語

    主格   所有格      目的格

 単数 thou     thy(thine)   thee

   複数  ye     your           you

フランスの影響で、フランス語では相手(英語ではyouにあたる)に対して丁寧語で話すときには 単数形の〔tu〕 の代わりに複数形の〔vous〕を用いるように、英語でも複数形のyouが用いられるようになり、thouは使われなくなったのです。シェイクスピアの劇でも相手に対してぞんざいな言い方をするときにはthouを使っています。英語を初めて習うとき単数形のyouから始めますが、youの由来を説明しておけば、なぜ単数形にも複数形にも使われるのかという疑問に答えることができるでしょう。 

目的語について

(1) I taught the boy English.

(2) I tught English to the boy.

では意味が違います。日本語では表面的な意味は同じでも英語を母国語にしている人には違う受け止め方をします。

(1)の文ではその少年に英語を教え、彼は英語をマスターしたという意味が含まれています。

(2)の文ではただその少年に英語を教えて、彼が理解できたかはわからないことを意味します。このように動詞の後ろの単語に動詞の影響が直接伝わるわけです。

(3) I know John.   I know of John. の違いも

 前の文では直接Johnを直接知っている。後の文ではJohnについては知っている。

(4) I heard the news. と I heard of someone's news. の違いも理解できるでしょう。

 目的語に前置詞があるかないかの微妙な違いで、相手に伝わる事項も変わってきてしまいます。 

  

数字を表す接頭辞

英語にはラテン語やギリシャ語の数字と組み合わせた単語が数多くみられます。

次の単語には athletic(競技の)に関する語に接頭辞の数字がついてできた語です。

 (1) biathlon   bi は2を表す  (2) triathlon  tri は3を表す

 (3) pentathlon  pent は5  (4) decathlon deca は10

 (1) はバイアスロン  冬季オリンピック競技にあります。

 (2) トライアスロン 3種目の競技です

 (3) 5種競技です。pentagon はアメリカの国防総省。建物が5角形である。

 (4) 10種競技です。 decade は10年という意味。

角度は

 (1) 3角形 triangle  (2) 4角形  quadrangle  (3) 5角形 pentagon

   (4) 6角形  hexagon  (5) 7角形  heptagon     (6) 8角形 octagon

   (7) 9角形  nonagon  (8) 10角形 decagon 

  このようにして覚えれば、語彙力が飛躍に増えていきます。  

   

形容詞の位置

日本語では形容詞は修飾される名詞の前に置かれますが、英語では「名詞の前では永続的、後ろでは一時的」な意味になります。

 the late teacher (亡くなった先生) the teacher late for school (遅刻する教師)

   the present member (現在の会員)   the member present (出席していた会員)

   a dancing girl (踊り子)   the girl dancing on the stage (ステージで踊っている子)

   前から修飾する場合には、修飾される名詞の性格や特質などを表すことになります。

  

数量形容詞には断定語(何かがあると見なす)と非断定語(どれと決まらない)がある。

次の文を比較すると、

 I don't like some of the boys. 私はその少年たちの数人が嫌いです。

 I don't like any of the boys.   私はその少年たち誰もが好きでない。

上の文ではdon't は like にかかりますが、下の文ではdon't は any of the boys にかかる

非断定語ははっきり決まらないから、否定文や疑問文に使うことが多い。

断定語には次のような語がある。

 someone,  somebody,  womething,  somewhere,  sometime(s),  somewhat,

   already,  too

非断定語

anyone,  anybody,  anything,  anywhere,  anytime,  ever,  yet,  at all,  either,  much,  many,  far

    They went far.  ?    →  They went a long way.

    I have much money.  ?   →  I have a lot of money.

間違う場合が多いのはこのような語の用法です。    

 

2013年度東大入試より 

 3つの予備校の解答例が次の通りです。

 

(1)Asked to reconstruct their former beliefs, people repeat their current ones

    instead

 

(2)Your inability to reconstruct past beliefs will inevitably cause you to

     underestimate the extent to which you were surprised by past events.

 

代ゼミ

(1)以前に信じていたことを思い出すように言われると、死刑の是非について今信じ

   ていること代りに繰り返す。

(2) 過去に信じていたことを思い出すことができないので、過去の出来事に驚いた

  際のその驚きの程度を人は必然的に過小評価することになる

 

河合塾

(1)自分の以前の考えを再現するように求められると、人々はそのかりに自分の現在

  の考えを繰り返す。

 (2)過去の考えを再現できないために、過去の出来事にどれだけ驚かされたかを必

  然的に過小評価してしまうのだ。

 

駿台

(1) 以前の考えを再度述べるよう求められると,その代わりに人々は説得力のある 

  意見に影響された今の考えを繰り返すのだ。

(2) 過去の考えを思い出せないために,必然的に,過去の出来事にどの程度驚かさ

  れたかを過小評価してしまう。

 

代ゼミの訳ではどこに(1)の「死刑」なる言葉が出ているのか理解に苦しむ。

河合塾では(2)の文で「どれだけ驚かされたかを過小評価する」とはどんな意味な

  のか判断できない。

駿台では(1)の「説得力ある意見」とはどこから出てきたのか謎である。

 

  予備校の模範解答がこのようなので、受験生の解答には珍答も多いのではないだろうか。

現在完了  

現在完了の形は have(has) 過去分詞から 「~したこと、~されたこと を持っている」というのが直訳の意味になる。つまり過去に行ったことや、起こったことが、現在に影響を及ぼす場合に使われることになる。

  I have lost my book.  本をなくしてしまって、現在持っていないことを表現します。

用法にこだわるあまり現在完了の使い方が理解できなくなってしまう生徒が多くみられます。

副詞語句が付くことによって、現在完了の文は日本語では4つの用法に区別されますが、英語圏の人は、日本人のようには受け取っていないのかもしれません

定冠詞+固有名詞  

英語を学ぶとき、日本人に苦手なのが冠詞です。受験勉強の時、定冠詞がつく固有名詞の区別をさせられ苦労して覚えたことがありましたが、そこには法則があるのです。「境界がはっきりしていないものに定冠詞が付く」のです。

例えば、海や川などは境界がはっきりしていませんから the をつけます。the Edo river,  the Pacific Ocean。   駅や橋などは境界が決まっていますから Tokyo Station,  London Bridge,  the  が付きません。人名や地名に定冠詞が付かないのは、個人が肉体を保持していますし、地名は行政区画がはっきりしているからです。 定冠詞の付いた the Tanakas は「田中一家」になります。  

定冠詞と不定冠詞が付くことで意味が変わる単語もあります。 

go to a bar 「酒場に行く」  go to the bar 「弁護士になる」

冠詞が理解できるようになれば、英語力は確実につくでしょう。

食肉

英語では動物名とその食肉名が違う。a swine, a pig (豚) はpork。 a bull, an ox, cattle (牛) は beef。

a sheep, a ram (羊) は mutton。  a deer, a stag, (鹿) は venison 。食肉になると単語が変わる。たぶん口にするとき、動物の姿が浮かんで、気持ち悪くなるからだろう。日本語でも 牛を「ギュウニク」 馬は「バニク」 にわとりは「カシワ」などというように食用にする動物名は変えている。食べない動物は、たとえば、「猫の肉」などと動物名と肉の間に「の」を入れている。英語では食肉には冠詞の a が付かない。だが、chicken はどちらにも使う。a chicken は 「鶏」 chicken は「鶏肉」。このことから推測すると、以前はニワトリを食べる習慣がなかったのかもしれない。   

英語はズームアウト、日本語はズームイン

手紙に住所を書く場合

日本語の場合は
郵便番号 都道府県 市町村 区 町名 地番 建物名 部屋番号
英語の場合は
建物名 部屋番号 地番 町名 (区) 市町村 都道府県 郵便番号 国名

まったく逆です。これからも分かるように日本語は「大から小」 英語は「小から大」への順番になります。つまり英語では個人から広がり、最後は宇宙まで達するようなイメージがある一方、逆に日本語はその逆が想起されます。英語では語を修飾するときは後置修飾で、あとからどんどん付け足していき、広がりがありますが、日本語はその逆です。言語表現はそれを使う国民の思考様式を表しますから、文化にも大きな影響を及ぼします。このようなことから、日本人の細部にまでこだわる緻密な文化が生まれた背景にはこの思考方法が大きな影響を与えているようです。

翻訳

明治時代に外国の書物を日本語に訳そうとした時、対応する日本語がなく、そのため、多くの新しい日本語が造られた。現在私たちが使っている日本語の80%以上がこの時に作られた。当時、翻訳にあたった人たちの、苦労は相当なものであったろう。

 例えば sport はもともとの英語はdisportだった。dis は「離れる」という接頭辞、port は「運ぶ」という語幹。disport の本来の意味は「娯楽」であった。これを port から「運動」と訳した。各種のsport はだから play(遊ぶ) と結びつく。日本の運動はどちらかというと practice (訓練) が合いそうだ。

educate は e は「外に」duc 「導く」。これを「教育する」と訳した。この語から推測できるのは、「個人の能力をいかに導き出す」ことが、西洋での教育である一方、日本では「教え育てる」が教育である。これも国民性の違いである。外国語を文字通り訳しても、根源的な意味はなかなか理解できないものである。  

 

英語の構造

英語の文は旧情報(互いに知っている)から始まり、新情報が後に続く。例えば、A book is on the desk. という文は文法的には正しいが、使われることはない。a book が新情報のためいきなり文の先頭には出ない。これは There is a book on the desk. という文が正しい。状態動詞などでは文頭には新情報は来ない。 The book is on the desk. はよい。the は特定の語を指す冠詞だから、お互いに知っている旧情報になる。

 

間違いやすい受身

 日本語には受身の文が数多く使われますが、英語表現ではあまり使われません。日本文で受身の文を、逐語的に英語に訳す場合、受身形で表現される文にしてしまうのです。

 たとえば love や like の受身の文にする問題が出ますが、英語ではほとんどこれらの語は受身では使われません。英語を使う人々の意識には「愛されている」といった考えはあまりないのかもしれません。 I love John.   に対しては John is loved by me. はおかしな文になってしまいます。

 英語はとても能動的な文、すなわち英米人はとても物事に能動的です。ですからアメリカなどに長い間滞在して日本に帰国すると、態度がとても能動的になっています。

 目的語を取る動詞がなんでも受身の文にできるわけがないのです。中学生や高校生向けの問題集には受身形の文に直しなさいという問題がありますが、頻繁に使われる動詞とそうでない動詞をきちんと分けて、編集してほしいものです。 

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